まめやさんについて

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2月の立春豆腐以降、長期休業に入られたまめやさんですが、このたび、さらに長期の休業をされることを決められました。

ヒナタヤオープン以来、皆さまにはまめやさんのお豆腐をご愛顧いただきまことにありがとうございました。美味しいお豆腐を扱わせていただき「おいしいお豆腐」の一点でお客様と繋がれたこと、感謝でいっぱいです。またいつの日か、この伊那で美味しいお豆腐を作っていただけることと彼らの幸せを願ってやみません。http://tofu-mameya.com/info

 

20日にまめやさんの送別会をヒナタヤで行いました。

飲んで飲んで飲んで飲んで食べて笑って喋ったひと時でした。いつものようでした。

春奈さんは、伊那谷の友人を誘って結成した若妻会の仲間。「なんで美紀さんが若妻会か」という疑問の声は確かに聞こえてはいたものですが、何しろ話の内容はエロ濃いので「結婚前の乙女は入れない」というのが唯一のルールでした。月一回の持ち寄り食事会は本当に楽しかった。泣きながら笑って食べまくりました。何を喋ってもいいし、基本的には受け入れても「それについて何か思った時には」直接言い合える仲間でもありました。まめやさんオープンしてから影となり日なたとなり智さんを支える春奈さん、ヒナタヤオープンしてからはお互いに忙しくて若妻会の時間も全く取れなかったのでした。

 

2月からまめやさんのお豆腐を食べられなくなり、改めて「いい豆腐だったなぁ」と思います。いつでも食べられたのは本当に贅沢な日々でした。

 

私より一回り以上若いお二人です。

まめやの智さんと出会ったのは、伊那市が市町村合併する前。「意向調査を求める署名」を共に集めた仲間でした。おどおどしながら署名をお願いしていた私は、持ち前の爽やかさと聡明さで署名を取る智さんに出会い、明るい気持ちになりました。まめやの春奈さんと出会ったのはそれより前で、いたやに買い物に来てくれたのは第一子さっちゃんが産まれて少しした頃でしたか。なので約10年来のお付き合いになります。そのあとも、飲んだり食べたり、家族ぐるみで仲良くしていただき、中学生になった長女の英語を見て頂いたりしました。

ヒナタヤをオープンしてからは、同業者として経営者として、いろいろと相談にも乗ってもらいました。智さんと話していると、私のこの悩みはどうでもいいことのように思え、いつの間にか二人でギャグにして笑ってしまったものです。

智さんの経営理念は素晴らしく、理想的なものに見えました。それで食っていけるのかという周りの不安を吹き飛ばすように、まめやさんは地域にしっかり根付いたのでした。

大きな仕事を成しえたと思います。一から手作りのお豆腐、誰でも食べられるお豆腐、手から手へ渡すお豆腐、地元の産業になるお豆腐・・。お金持ちだけを相手にしてごく一部の人にだけ売る方法は取りませんでした。それによって、お客様一人一人が、「考えた」はずです。社会的な意義が大いにありました。でも、一度その回転の中に入り込むと、抜けられなくなるんです。身も心も削っての仕事はどこか麻痺していなければできなかったのかもしれません。

人のために、地域のために、お世話になっている皆さまのために。智さんが良く言っていた言葉です。そんな高速回転から抜け出す選択をするには、どんなに苦しかったでしょう。ヒナタヤのイベントの時には駐車場係を何度して頂いたか・・・。ヒナタヤオープン以来、私は忙しいばかりで与えてもらうばかりで何もできなかったなと。何のお返しもできないままなのは心苦しく思います。ヒナタヤトークカフェ、立春朝搾り、一周年イベント、2周年イベント・・・。私にとってどれも楽しい思い出ばかりです。そして春奈さんあってのまめやです。ゆっくり休んで(休んでと言っても新たな仕事ですが)まずは家族単位の幸せを探してください。私はこの場所で揺れながらも歩いていきます。お互いの地でがんばって生きていきましょう。そして、ここ伊那谷でそうだったように、新しい地でも良いご縁に恵まれますよう、心より願いエールを送ります。春奈さん、戻ってきたら必ずまた「若妻会」を開きましょう!それまでは私もいつまででも「若妻」です。待っています。

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