ヒナタヤトークカフェVol.5 みそ部 米山永子さん

  • LINEで送る

トークカフェ永子ちゃん

 

 

更に遡る事、2013年9月30日のヒナタヤトークカフェのゲストは米山永子さんでした。今頃アップしております。

中川村で築160年の古民家本棟造り(愛称:ホンムネ君)を守る米山永子さん。今年で(2013年現在)9年目になる「みそ部」の部長もされています。

この日は女性ばかり10名様の参加がありました。

永子ちゃんとヒナタヤ中村との出会いは、2007年でした。てんつくマンの「号外新聞」の長野県(?)リーダーに手を挙げた永子ちゃん。私も号外新聞を配った一人として永子ちゃんと出会いました。

永子さんは1977年中川村生まれ。7代くらい前の「古い家」は子どもの頃、嫌で仕方なかった。大学時代(山梨)、実家に遊びに来た友だちのテン ションがあがるのを見て(実家を)客観的に見始めた。卒業後は地元に戻り就職、3年勤めて300万円貯めようと思った。27歳の時に、会社に残るか世界一 周の船旅か迷い、優柔不断に1年たつ。そして自分の想いを思い切って伝えたところ、思いのほか会社の人はじめみんなが応援してくれた。そして2004年 春、ピースボートの旅へ。

ピースボートの旅では、世界中の人々がいろんな問題を抱えながらそれでも生きていることに目を開かされた。100 人のいろんな個性が集まって舞台を創り上げる。船もそして社会も一緒。衝突は当たり前で、相手を否定せずに乗り越えることを知った。苦手と思った人も、 「好きじゃないけど一緒にできることを知った」初めての体験だった。

日本に戻り、地下鉄に乗っている人が笑っていないことに気づき、幸せって、豊かさってなんだろうと思うようになった。村に産まれ育って、家が農家でつくづくよかったと思った。

私と似てるなーと思いながら聞いていました。「号外新聞」を配ったのは鎌仲ひとみ監督・映画、「六ヶ所村ラプソディー」がきっかけだったこと。核処理施設が自分の村に来たらどうする?と問いかけ る映画。それを観て「他人ごとじゃない」と思った。原発がいろんな問題を作り出している、どんな問題も繋がっている。もっともっとと求めてきた結果。みん な知らないだけで、知ったら「こんなのやめようよ」って言うに決まってる、と思い、新聞を配るリーダーに手を挙げた。

(号外新聞を)配るエネルギーは湧いてくるけれど、自分も責めた。罪悪感と使命感、いろんなものがぐちゃぐちゃになってしまった。一方では、1と言えば10まで分かり合える仲間がいるんだというのも支えだった。どちらにしても自分がやったことは矛盾だらけだった・・・

内罰的な部分は私もあるので、共感して聞いていた。永子ちゃんは自分の内側に深く入り込みながら閉じなかった。そのままの自分を受け入れてくれる人々がいることを知った。永子ちゃんが人を愛し信頼することができる人だったから、自分を受け入れてくれる人がいることに気づけたんだと思う。

悩んだり悔やんだり、自分を責めたり。その節目節目に周りの誰かが永子ちゃんに手を差し伸 べていたこと。それを感謝し受け取れる人だということ。みんな、永子ちゃんのことが大好き。それがとても良くわかりました。立ち上がれなくなった時に、あ りのままの自分を受け入れてくれた人たちがいたこと。ストレートにありのままを話してくれた永子ちゃんでした。

「小さな仕事が5つあれば、年収150万あれば楽しくやれるかな」と永子ちゃん。家に戻った9年前に始め た「みそ部」。友だち10人に声をかけたらみんなが「やる!」と言ったところから始めたそうです。参加者が集まり、大きな窯で薪で大豆を煮る味噌作りは、 また新たな、または確かな繋がりを生んでいる。村のおばあちゃんたちが、かつて地域で繋がって味噌作りをしていたことを思い出す。メンバーとしては、8割 が幽霊部員で、1割が固定部員、1割が補欠、だそうです。味噌を仕込む部活って面白いですよね。永子ちゃんが産まれた場所で作り出すのは、今ここからでき る小さな幸せと平和な世界なのだと思う。平和活動と言ってもいいと思う。

P1000818味噌ダルトークカフェの後は、みそ部のみそのお披露目~。

P1000812味噌カツサンドトークカフェ前は、味噌カツバーガー、永子ちゃんのリンゴジュースなどでカフェとして楽しんでいただきました。

P1000819永子ちゃんトークカフェおやつトークカフェのおやつ。かぼちゃの甘酒ムースと、・・・何をお出ししたか思い出せません。どちらかを選んでいただきました。ドリンクは、みそ部オリジナル「味噌ラテ」です。

 

 

Facebookでもご購読できます。