第3回 ヒナタヤトークカフェ tankaさん pukurさん インドの手仕事

  • LINEで送る

3回「ヒナタヤトークカフェ」ゲストは、tankaの山崎志保さん(京都)pukurの神倉雅代さん(群馬・インド)です。お二人とも、インドの手仕事をそれぞれ日本に紹介してくださっています。とても軽く気持ち良い下着・洋服・ストールなど、ヒナタヤでも取り扱わせていただいております。

pukurの神倉雅代さんが、高遠のフリーキッズヴィレッジにいらっしゃった時からお付き合いをして頂いています。今回は、神倉さんのご縁でtankaの山崎志保さんがヒナタヤに初めて来てくださいました。

「インドに行ってみたい」「これから行きたいと思っている」「インドが好き」「手仕事が好き」「子どもに何を伝えたらいいか」ということに興味を持たれている女性ばかり9名のご参加となりました(新潟からご参加された方もいらっしゃいました)。お二人の自己紹介の後、参加者の方からの質問に答える形で進行しました。お二人とも言葉を選ぶように一つ一つ丁寧に答えてくださいました。静かな中にも確たる受け答えが印象的でした。

 

tankaの山崎志保さんは、旅の途中で「Sadhna サドナ」に出会ったのが5年前。一目­惚れしてtankaを立ち上げられました。(tanka=なみぬい、という意味です)

現在は、インドを訪れるのは年210日間くらいで、あとはメールでのやり取りとなります。

 

〈参加者の方からの質問をもとに見出しを付け太文字にしています〉

「女性たちの収入について」「サドナについて」

収入は働く時間により人ぞれぞれ。村に行くと「貧苦に喘いで」、という状態は抜け出し、インフラもある程度は整い、みなさん楽しそうに働いている印象がある。サドナの長年の活動を通して、子供たちが学校に行けたり、女性たちの地位が向上する等、境遇は変化してきた。

サドナはUNESCOのハンドクラフト部門で受賞するなど海外的にも認められている。

賃金として渡すだけでなく、どうしたら女性が持続的に働けるかということを考えている。

職人たちは収入を得る一方、時間が自由に使えないなどの問題もある。

tanka は目的があって始めたのではなく、好きだから始めていた。だから逆に続けられるのかもしれない。フェアトレードもサドナとのことで勉強させてもらっている。

手仕事についても、自分でもその過程を経験してみて、全ての仕事に対する尊敬の気持ちが起こる。

「インドだから」「日本だから」ではなく、女性が抱える問題はどこでもある。

サドナを通して「日本ではどうしたらいいのか」を考えさせられる。

 

カルチャーショックは?

tankaの山崎志保さん・・・とにかく忍耐力がある。たとえば代表のリラさんは、カースト、村々のやり方、それぞれの家のやり方と折り合いををつけながら一人一人の問題と対応していて、その労力と忍耐力に尊敬するばかり。多様な国インドならではなのかもしれない。一人一人の問題に向き合い一つ一つクリアしていく、リラさんのことを思い出し、自分も一つ一つやっていこうと思う。一つ一つやっていくことはあらゆることに繋がっていると思う。

 

pukurの神倉雅代さん・・フリーキッズヴィレッジhttp://www.freekids.jp/ (高遠町山室)に居た時の方がカルチャーショックだった()。インドに行ったら「当たり前」と思える。インドは自分がやりたいことを叶えてくれる場所。フリーキッズ→インド、似たような暮らしの方向についつい行ってしまう。自分が「作り手」でありたい。インドは日本の昭和30年~40年くらいの暮らしがある。(デリー・カルカッタとの差が激しいが)

日本には無くなってしまった「日常に糸を紡ぐ」という文化を残したい。

 

tankaさんが考えるカディについて、手紡ぎ・手織りについて、お互いの「違い」

(tankaリポート02より一部抜粋させていただきます。斜線部)

・・()・・tankaの使用するカディも手作業だけでなく機械も使用しながら制作されています。といっても大量生産の工場とは違って、右ページの写真にように各家庭小さな規模で制作しており機械によって人の職が奪われるようなことはありません。また今でも昔ながらのガンディースタイルで作業をしている家もありますが、この村の場合は機械を使いたいけれども機械を買うお金がないからそうしているとのことでした。私は昔ながらの方法で作られるカディに魅力を感じながらも、それが村人にとって幸せな手段なのか?と思うと…いろんなことを考えさせられます。・・・()・・・

電気を使い機械で織っていても「カディ」と呼ばれることについて。

植民地時代に、ガンジーによって復興した「カディ」。糸車(チャルカ)を使って、自ら紡ぎ、織り、着る。自立すること・国産品を愛用すること、村の暮らしを守ること。チャルカはガンジーの理念の象徴です。

手織りはその素晴らしさはもちろんだが、当然時間がかかり生産量は落ちる(金額は2025%アップする)。現在使用している布の生産地は、サドナが大事にしている取引先であり、機械織りだからダメといって取引をやめることは彼らを否定することになるのでは。

畑作り(慣行栽培、無農薬、自然農、有機・・)も、それぞれの理由でそれぞれのやり方がある。言葉だけで「手織りだから」「機械だから」と線を引くのはやめよう、と。

誰かが持っている矛盾を責め立てたりしない。完全に手織りでなくてもそこになにか理由があると思うこと、察すること、妥協でなく歩み寄ること。そういう考えを持てたことはありがたかった。

選択しているプロセスを見る時間が無いから結果だけを見て「それは違う」と言いがち。微細な選択が沢山あって、「結果がある」ことに目を向けられると、いろんな人のいろんな事情がわかるのではないかと思う。そうして、いろんな人とゆっくり丁寧に繋がりながら歩みたい。

 

pukurさん 、お互いの「違い」

1㎝のボーダーをオーダーしているのに2㎝のボーダーになってしまった。1㎝と2㎝の差の違いが理解してもらえず「ボーダーがあるじゃないか。何が違うんだ」という考え。日本では1㎝と2㎝のボーダーのデザインとしての雰囲気の違いが分かるけれど、インド人には理解できないらしい。

色についても「出た色を受け入れる」ことが現状。

S・М・Lの違いがない。など。

 

「実際、起業して成り立っているの?」

pukurさんもtankaさんも・・交通費、仕入れ代など経費も考えると収入出ていないので、「私たちのは起業といえるの?」とお互いに目を見合わせて和やかに笑うシーンあり。自分の「自立支援活動」と思っていると。pukurさんは、フェアトレードと言うけれど、自分の方がフェアじゃない(笑!)、と感じることあるそうです。

tankaさんは、ご主人が別のお仕事を持っておられる上に、tankaさんの仕事をフォローして(一緒にインドに行ったり、HPを作ったり)下さり大変恵まれていると話されました。

 

pukurさんは、群馬のご実家に年の1/2、インドに1/2滞在するそうですが、実家があるということで、自分が自由にできていることは恵まれているし感謝していると。

しかし、そういう環境に居る人たちがみんなそうやって好きなことをができているかと言うとそうではないだろう。そういう環境に居ることをありがたく受け止めている。

援助されて生活させてもらっているので、「自分も誰か人のために働きお役にたてたら」と思いでやっている。

 

インドでの暮らし

pukurさんは、日本のお寺に滞在しています。そこの尼さんを尊敬しているので、その方と一緒に過ごす日常の時間やインド人との会話で、何か起きた時、どう自分が感じるか、受け入れることができるのか、試されているようで、仕事以外に、心を学ばせてもらっていて、それがおもしろい。

 

参加者の方から、

子どもは生まれた時から便利な生活が当たり前だと思っていることに疑問を感じるが、夫の収入で今の生活があるしどうにもならない・・。

「次の世代を困らせない仕事。そういう仕事を毎日の仕事にしたい」

インド人と触れていて、「お金を使わないことで何とかできないかな、なくてもいいのかなと思えたら楽になった」

「お金」という目に見えるエネルギーではなく、紡いで、織って、植物を刈ってきて染める。そこには見えないエネルギーがある。それを感じて信頼することを大事にしたら。

 

インドでの仕事

インドと日本の違い

tankaさん

インドは日本より目に見えて貧富の差が激しいが、私の行く街では自家用車や家電も増え、豊かになってきていると感じる。インドのみなさんが物質的に豊かになることが良いとも悪いとも言う立場にない。

ものづくりをする上では違いをあまり感じない。一緒に良いものを作ろうと知恵を出し合う、そういう時は協力・共有できている。悩みも、たとえば家のことや姑問題だったりして日本の女性と同じ。一女性として向き合った時、共感できる。条件をこちらから出すだけでなく調整する。どちらも歩み寄ると良い。

pukurさん

こちらの方が「お金がある」と思われているので、失敗したからと拒絶するわけにいかない。プリントで押して失敗したとしても、縫製で注文したサイズでなかったりしても、外国人はお金があると思っているので、失敗したから値引きということはインド人の方から言うことは無い。こちらも大量注文ではないので、お金払わないということが言えない。

 

「買い手に何を伝えたいか」

pukurさん

「インドの自立支援」から始めたのではなく肌と心に優しいモノづくり。

大事なポイントは自分で手掛けたいので、草木染めはなるべく自分でやりたい。草木のエネルギーや、手で作ったものの、エネルギーのあるものを着ていただきたい。

 

Tankaさん

「インドの自立支援」を目的に始めたのではなく、サドナに一目ぼれしたから。みなさんに商品を気に入っていただけることを願って丁寧に作る。そして服との出会いを楽しんでいただけたら。そこから繋がっていくことがあると思います。

 

お二人とも「そのことで私たちが誰かのお役にたてたなら」と仰いました。

 

「綿などの自然素材のお店もたくさんあるがどう付加価値つけますか?」

情報過剰だと商品を楽しめないことがある。もちろん伝えることは大事だけれど、瞬間の出会いも大事なのではないか?また「着てみたら気持ち良い」という身体感覚もとても大事なことなのではないだろうか?

 

「好きなことがあるけれど、起業に結び付くのかと思う」

目的があって始める事なら、(金銭的に、需要と供給など)成り立つことか調べる。好きなことだったら、好きなこととしてやってしまう。自分が好きで動いているとなんとなくその方向にいろいろが動いてくると思う。人との出会いが繋がっていくと思う。

 

いったんここで会は閉じ〈個人的なお話は尽きないようでしたが〉、tankaさん、pukurさんの商品を実際に見せていただく時間となりました。手で触れた時の気持ち良さ、軽さ、見ただけで感じる布の持つエネルギー。参加者の皆さんが一気に興奮する場面でした。

 

女性自立支援団体「サドナ」について(tanka HPより抜粋)http://www.tanka.in/

サドナはインド・ラジャースタン州のウダイプルにある女性自立支援団体です。

1988年ラジャースタン州では日照りが続き、貧苦のなか男性たちは出稼ぎに行きましたが十分なお金を送ることができませんでした。村に残された女性たちは絶望の中、家族を養うためにこの場所で収入を得ることを本当に必要としました。しかし、家庭や社会において不利な立場にあった女性たちには、そのような場所も機会もありませんでした。女性たちが働いて自ら収入を得る事ができるように、これを機に始まったのが”パッチワークプログラム”と呼ばれるサドナの支持母体NPO団体Seva Mandirのプロジェクトでした。刺繍は女性たちが普段の針仕事の技術を使って始めることのできる技術でした。また家事・育児をしながら、家にいながらできる仕事です。基本的な刺繍の技術、アップリケ、タンカ(=なみぬい)、パッチワークで製品をつくることを選び、その技術に磨きをかけて、女性たちの仕事が生まれました。

 当初15人でスタートし、現在ではウダイプルや周辺の村・部族、都会のスラム地域をあわせた約700人の職人がいます。長く困難な道のりを経て、2004年に営利法人として登録されました(利益の60%は女性職人に還元)

サドナは女性たちに仕事を与えるだけでなく、安心して働くことができるよう国の政策や政府機関と連携し社会保障に力をいれています。すべての職人は生命保険に加入しています。雇用保険(現在は一部の職人のみ。今後全員の加入を目指します)、奨学金の支給、緊急融資、無料の眼検診、退職後の年金が得られるようにしています。

女性たちは、サドナで働いて定期的な収入を得ることで、自尊心を高め、権利をもち、家庭内での地位を得ます。その自立への大きな一歩は、家庭から村へと広がって、社会的・政治的にも女性が地位を得ることにつながっていきます。サドナはこれからも自信と誇りをもって女性たちの人生に目覚ましい変化を与えるチャレンジを続けます。

 

pukurはベンガル語で、゛池゛という意味。魚が大好物なベンガル人は池で魚を飼ったり、洗い物、沐浴と生活になくてはならない存在。田園風景の広がるベンガルの地で織られるモスリンやカディを使って肌と心にやさしいものづくりをしていますhttp://padmapukur.com/index.phpより

 

pukur について

pukurさんより加筆していただきました。(斜線部)

 

pukur を始めて2年目。きっかけは、肌に問題のある子どもたちがたくさんいますが、子どもたちの体操着や制服は化学繊維素材で肌の呼吸がしずらいものばかり、せめて直接肌に触れるものは自然素材のものであってほしいと思い、下着を草木染して着てもらいました。それが効果があったわけではありませんが、草木染の下着を作りたいと思うようになりました。そして作るならば、自分の好きなインドの手紡ぎ手織りの生地”カディ”で作りたいと思いました。私自身織物が好きで、織物に癒されてきたので、布の持つ力を信じているからです。

pukur の布を織っている村に初めて行った時、なんて調和のとれた村なんだろう!と思いました。

土壁と藁でできた家がたくさん残っていて、人と動物が共に田んぼで働いています。家族で分担しながら、一枚の布を仕上げます。ほとんどの家が自給自足、織物で現金収入となっています。ガスも水道もありませんが、貧しい村ではありません。私にとっては豊かなくらしに思えます。食べ物はもちろん、着るものも手づくりだからです。このバランスのとれた生活が続いたらいいなという思いがあります。

pukurは心と肌にやさしいものづくり、インド村の職人さんたちの仕事や文化が残るような仕事ができるといいと願っています。

今でもガンジーアシュラムでは、自分の手で紡いだ糸で織った布だけを全身身に付け、会議中にはメモをとる時以外はチャルカを常に回しているという方に出会えたり、ガンジーの殉難日には24時間チャルカで糸を紡ぎながら祈りが捧げられています。信仰を中心にした生活を送る人のたたずまいは、見ているだけでも心が洗れ、そういう人たちに出会え、同じ場で祈ることができてうれしい。

 

※以下は草木染についてpukurさん加筆

心土染は福井県の赤土です。東京の本應寺で販売しています。丸薬にして飲むと胃薬になったり、土に水を入れてかき混ぜ、一晩置いた上澄み液を飲むとデトックス効果があったり、ものもらいができた時に目を洗うといいとされています。その土で染めました。

 

マリーゴールドはインドでは神さまに捧げるお花で、お客さんを出迎える時、お寺に行く時などに使われます。

 

ヨモギはハープの女王と言われるほど、万能薬。飲むと婦人科系の病に良いとされています。切り傷や虫刺されなどにも草をもんで貼るといいそうです。

 

本藍染めはフリーキッズで建てた藍。通常藍の染液を作る際、化学薬品などを使って大量に染められるようにしますが、フリーキッズでは、木灰から作った灰汁で10日間ほどかけて、じっくり染液を作った、自然発酵の藍です。一つの甕で、一日おきに、1回に500g程しか染めることができません。

 

アゾフリー染料とは、発ガン性物質と言われるアゾ基のない染料のことです。主に化学染料ですが、時々インド人でも区別が分からず、アゾフリー=草木染と思っている人もます。草木染もアゾが入っていないのだから、アゾフリー染料なのだと言います。(一部のアゾ染料には、その過程で発がん性のある「芳香族アミン」を生成する可能性があり、EU諸国や中国、韓国、台湾では既に法規制されており、日本を除く、アジア諸国にも規制化の動きが出始めています。)

 

 

pukurさんもtankaさんも、インドを本当に尊敬していることがわかります。「好きなこと」ではあっても、生き方の理想がインドにある。チャルカに象徴される生き方に触れていたい、そしてそこを目指す。相手を尊重する「対等」の始まりだと思う。「フェアトレード」から連想する言葉として、「競争」「大量生産・消費」ではなく「協力」であり「家内工業」であり「シェアー」だと思うけれど、「フェアトレード」という言葉を付けなくても、ガンジーが提唱した考えでもあるのかなと思う。

こうありたいという社会のありようが、一人一人の「好きなこと」の積み重ねでもある。

目的があってそれを成すためにすることなのか、好きなことを行動に移して行ったら自ずと開けてくるのか。意外と、好きなことと目的のために動くことは線が引けないのでは、とも思う。

お話をお聞きしていて、自分に引き付けて聞くことがいくつもありました。ヒナタヤをオープンしたのが2年前。自分がやりたかったこと、目的のために「これをやりたい」と思うことにははっきり線が引けず(やりたかったことなのか疑問だということ)、でも家庭や子どもがどうなのか、このまま走り続ける事は自分の体力や子どもの事家庭の事、みんなひっくるめて持続可能なのか。毎年、小さいながらも畑に苗や種を植えて野菜を育ててきたけれど、今年はやりきれず断念した。店をやりつつ「自分の手で作る」暮らしを大事にしたいと思ったけれど、「お店を回す」ということはそれらを諦めることでもあったかと。

でもやはり、お二人のお話をお聞きして、手を使うこと、土に触れる事、これは思い出していたいなと思いました。

微細な選択がたくさんあって結果があることに目を向ける、というお話も印象的でした。相手の選択も、自分の選択も受け入れていけたらと思います。

ますます、タンカさんとプクルさんが、お二人の仕事が、お二人が紹介してくださる手仕事が、好きになりました。参加者の方からも「深い話でした~」と後まで言われました。皆さんの明日に繋がれば幸いです。

ベンガル ニロル村地図

ウルダイブル地図

2013 7 15 トークカフェ3 その6web

Facebookでもご購読できます。