「第一回ヒナタヤトークカフェ」まとめ

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去る5月20日「第一回ヒナタヤトークカフェ」ゲストは「暮らしと建築社」須永次郎氏・須永理葉氏

http://www.kurashitokenchiku.com/apple1/

お茶する感覚でゲストのお話を聞く「ヒナタヤトークカフェ」を始めることにしました。

ゲストはヒナタヤにご縁のある方にと思っていますが、第一回目の520日は誰を置いてもこの方しかいないと思い、宮田村にIターンされた「暮らしと建築社」の須永次郎さん・理葉さんのお二人に是非にとお願いしたのでした。

ヒナタヤは「暮らしと建築社」さんの設計によるものです。「ヒナタヤ」がどんなふうに設計されたか、その流れをお話される中で、私もいろんなことを思い出していました。

まずは、参加者の方の自己紹介&「どんなことを聞きたくて参加したか」話していただくことから始まり、質問を交えながらのリラックスしながらも深い話となりました。

 

施主は私。施主は何をしたいのか。何のために設計士に依頼したのか

ヒナタヤ設計のスタートは、まずは私が「やりたいこと」を「暮らしと建築社」のお二人に話すことから始まったのでした。その中で、私が求めたのはデザインではなく「売りたいものがありそれを通して人を繋げる、交流がある場を作りたい」と思っていることが伝わったようでした。やりたいことは須永さんたちに話すことで整理され優先順位がつけられました。限られた予算の中で、「設計料を払う必要があるのか、設計料の割合が大きくなってしまうので設計依頼をやめれば予算を他へ回せる」という提案もされましたが、それでもやってほしいと思ったのでした。

「化学物質を使いたくない」

「リサイクルできないものは使いたくない」

「イベントに対応できる」お店やカフェ、洋服といったいろんなものがミックスされた店であり、私がやる活動に合わせた「場」がどうあるべきかを考えると、0からやるべきと感じたそうです。(しかし、どういう結果になるかは想像できなかった・・・初めての試みですからね、想像もできませんよね)

私の希望通り、「県産材で無垢材を使いたい」をそのまま実行するとすごい金額になる。(合板はなるべく使いたくなかった。)

そこで、構造設計に入ってもらい、「棚」兼「柱」にすることで、建物がすっきりして、過剰な材料が入らない構造になり、壁面は地震で建物が動いた時に、斜めに張った板がお互いに引っ張り合うような貼り方をしている。空間と構造がひとつながりになりデザインだけでなく理にかなっているものになった。

 

棚の高さは180

(後付ですが、とは須永さんの言葉ですが)モノとお客さんとの距離が縮まるのでは。昔の市場、アメ横は狭いことによって逆に距離が縮まる。人と人がこもって対話するのに丁度よい大きさ(ギリギリ不快じゃない)になったのでは。狭いけれど、ガラスによって両面抜けているので息苦しい感じじゃない。

「天井高いのが気持ちいい」とも言えないこともある。

 

地域や歴史、もともとの場としての施主との関係性

そこには「今までの歴史」がある。お施主さんとの関係だけでなく、外に出れば社会的な役割があり歴史が繋がっていく。「なるべく大事にしたいこと」は、モノを作る、ということは、周辺に与える影響に責任があるということ。

もともとの風景や歴史にすり寄っていくこと。「景観の力」を借りたほうが「お得」。景観の中にぴったりはまったときに、「ここ」に意味がある。

 

嫌いな言葉は「こだわり」「アクセント」

自分たちは芸術的な才能に長けていると思っていない。大学では、住環境研究という計画学ということを学んできた。要望を聞き、分析して整理して、施主の希望を聞きつつ、いかに周辺のものを取り込んでいくか。

「今のあなたが欲しいものが30年後も欲しいのか?」と聞きたい。

嫌いな言葉は「こだわり」とか「アクセント」

骨、筋肉は考え方の部分で、建ててしまったら変えられない。何十年もここに居たいと思える普遍的な事柄を大事にしたい。

 

商業的な手段としての店なのか

「目新しい」でお客さんが集まるのは5年。

外側で、30年・50年経っても変わらないものは何なのか。

本人なりの・・人からしたらつまらなくても、その人が大事にしているものが、あるか。

それが無いんだったら一緒に仕事できない(かな。「仕事を選んでいるようで嫌味かも」としながら)。本質的に、芯を持っている人。自分たちも楽しみたい。そういう考えもあるんだな、と取り込みながら。

 

お施主さんから「こういう風にしたい」と写真を見せられることも。その時にただ言われた通りに作るのではなく、何でそうしたいのか聞いていくと、本質的な部分が見えてくることがあり、それを読み解いていくこと。

 

最終的に誰が使うか

仕事を一緒に組む人とのこと。

方法違えど(問題解決)、最終的な目標が共有できていれば一緒に目指せる。

クレーム出にくい設計にしたり、効率よく建てられる設計にしたりすることもできるが、作り易いとか、管理し易いとかでは無くて「最終的に誰が使うか」というところで自分たちも後悔したくない。

何かを否定して、自分たちのやることをよしとするのは好きではない。

 

 

自主施工・ハウスメーカー・お金について

「お金を払う」というのは「自分の手間をその人にやってもらう」ということであり、意味なく安いということは無い。お金をかけられないないなら、自分でやるという覚悟必用。

自分でやるということは手間もかかるが愛着も湧く、長く使うにはメンテナンスもあるので良いと思っている。

ハウスメーカーに依頼すると、

ハウスメーカーに依頼することでコストが下がり広さや器具の選択肢は広がるかもしれない。または契約時にある程度、結果が想像できる。設計事務所で家づくりをはじめる時、結果のわからない見えないものについて契約する、ということの不安はつきまとう。

 

13坪、25畳、40m22DK・ヒナタヤは何がメインなのか

どの活動がメインなのか(須永さんが私に)質問攻めにした。そして「どれもやる」という前提で始まった。どこかに特化したほうが良いのではと思ったが、「美紀さんがやりたいのはそうではなく、混在している。他にはない、想像できない場所である。」と理解した。(須永さんに質問されて私は、これに特化すると、決められなかった)

全部わかってしまうと面白くない。「何度来ても良くわからない」は一種の魅力。

子どもと一緒で産まれるまで分からない。産まれたらライフスタイルに合わせて育てていく。「建ててから」が長い。「使っているうちに手垢も魅力に」なるような材を選んだ。

施主とは一個一個納得しながら進めていくこと。早い段階で不満を摘み取っていかないとリスクが大きくなる。お施主さんで始めから自分自身の希望の優先順位を整理できる人はそんなにいない。

 

職人さんと一緒に仕事をする

何でも言える関係。結果として否定されたとしても、お互いに言うこと。

起さなくても良い問題を起さないよう、事前に話をするために現場に足を運ぶ。

対等に話をすること。

工事をしてくれた人が、完成後も面倒を見ることになるので、関係よく。起こる問題が意図的、意図的でないにしろ、どう問題解決できるか、工事業者を決めるときに、どの人に頼むのか、人間的に信頼できるか、で判断する。

設計士の役割は第3者(監理者)として工事を中立に見る事。

 

現場の理屈 殆どの職人さんが年上?

何を優先しているか、重要度合いによって現場に居合わせるかどうか。やってからやり直しは誰でも不機嫌になるのでやる前に話をする。

確かな技術には称賛。必ず、「ありがとうございます」と言う。誉める。

「やり直し」とか現場に嫌な空気を作らない。

最初に入った職人さんが美しい仕事をすると、次の職人さんも「読み取る」。

大工さんが丁寧だと、ボード・パテきれいに。塗装も「気」が入る。

須永さんたちにとっては、または他の職人さんたちにとっても殆ど初めて会う、という場合がある。初めて会う人に、この現場をどうやって欲しいかを伝える事。

最終的なクオリティを施主に渡すわけなので。

(ヒナタヤは知り合いの、またはその関係の職人さんにお願いしました)

 

「気」が入って作られたときは「場」にも表れる

ヒナタヤの構造は特殊だった。誰もしたことが無いやり方だった。

大工さんが1/5の模型を作ってきてくれた。

設計士は「どう作るか」はイメージしない。

どう作るか、というプロセスは大工さん。それを一緒に考えてくれた。

「自分の仕事をどうやったら早く正確にできるか」が職人の技量。

そのために、模型を作ってきてくれたこと、それは須永さんも驚いたそうです。

称賛に値すると。

 

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ここで会はいったん閉じ、残れる方は残って須永さんと個人的に話を深められていました。

 

ものと人と丁寧に向き合う須永さんは、目標目的がはっきりしていてぶれないので、対話を大事にし、否定されるのを恐れない。それが仕事に表れる。

人にも自分にも色を付けない、

無味無臭であること、それは建築を語ったのだけれど、須永さんの生き方の鏡なのだろうと思いました。その方がずっと間口が広がる。あぁ、私もそうでありたい。

そして、頭の中でも目の前で起こっていることについても、整理上手。

頭の中、意識、感覚、仕事、みんな繋がって表れる、そんな風に思いました。

 

私は何をしたかったのか、そしてこれからどうしていくのか、を振り返る第一回目となりました。

 

ヒナタヤトークカフェ第一回目から、まとめる時間がないまま、気がついたら3か月が経っていました。

(施主)の「趣味の店」だったならばやらなかったかも。人が集まるクロスポイントやHUBだと思った。そこに共感したから仕事として受けた。と最後に仰られました。

そう須永さん(これを仰ったのは理葉さん)に言われ、もっともっと料理もうまくなりたいし、店が良くなることだったらなんでもしたい、そして皆様に支持されること(営業として成り立つこと)がヒナタヤが(仕事が社会と繋がること)認められるということであり、そこを目指したいと思いました。と思ったことを、こうしてまとめていて思い出しました。そうして、つくづく、「暮らしと建築社」さんにお願いしてよかった、と思います。

 

全体のふりかえり

「定員8名」にこだわりすぎ、何名かお断りをしてしまった。よって、当日来てくださった方をお断りすることにもなってしまい申し訳ないことになりました。

「一つのテーブルを囲むこと」はそれはそれとして、もう一つのテーブルから「それを見ている」立場の人がいてもいいなと思いました。

綿密な時間の打ち合わせが足りず、スタートが遅れてしまった。

参加者の皆さんで交流されていて助かりました。

「暮らしと建築社」須永さんのお二人と参加者の方々にヒナタヤと私が助けられ、良い場・時間になったと思います。P1000328トークカフェ

P1000331トークカフェ

 

 

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